24歳、社会人5年目にうつ病を経験しました

――それでも私は、この仕事を続けたいと思った

はじめに

はじめまして。
甲陽クリエイトの森です。

私は現在25歳、
東京の映像技術会社で5年間働いたのち、独立しました。

今日は少しだけ、
これまであまり表に出してこなかった話をしようと思います。

24歳、社会人5年目のときに、うつ病を経験しました。

この文章は、
誰かを怖がらせるためのものではありません。
そして、「つらかった話」を強調したいわけでもありません。

あの経験を通して
仕事との向き合い方が変わったこと、
そして
今もこの仕事を続けている理由を、
言葉に残しておきたいと思いました。

ある日の朝、体が動かなくなった

ある日の朝。
いつも通り現場へ向かうため、最寄駅へ向かいました。

普段なら改札まで5分ほどで着く道なのに、
その日は10分以上かかってしまいました。

足が重い。
頭がうまく働かない。
時間の感覚がズレていく。

「寝不足かな?」
「気合いが足りないだけ?」

そう思おうとしましたが、
体はまったく言うことを聞いてくれませんでした。

好きな仕事なのに、なぜ?

当時の私は、こう考えていました。

  • この仕事は好きなはず
  • 頑張ることが楽しいと思っていた
  • 現場に出ることが嫌なわけじゃない

それなのに、

  • 「なんで体が動かないんだろう」
  • 「このままじゃまずい」
  • 「こんな状態で現場に出ていいのか?」

理由がわからないまま、
自分を責め続けていました。

今振り返ると、
「好きだから無理ができてしまった」
という状態だったのだと思います。

映像業界の"当たり前"と、自分の限界

映像やライブ配信の現場は、
スピード感があり、緊張感も強い仕事です。

  • 失敗できない
  • 時間は待ってくれない
  • トラブルは突然起こる

それを乗り越えることに、
やりがいや達成感もありました。

ただ、
「頑張り続けること」が当たり前になりすぎて、
立ち止まる選択肢を持てなくなっていたのだと思います。

休むこと=逃げではなかった

医師に相談し、
うつ病と診断されたとき、
正直ほっとした気持ちもありました。

「気のせいじゃなかったんだ」
「自分が弱いだけじゃなかったんだ」

そう思えたからです。

休むことは怖かったですが、
あのとききちんと立ち止まれたことは、
今の自分にとって大切な分岐点でした。

それでも、この仕事を続けたいと思った理由

回復していく中で、
何度も自分に問いかけました。

「もう映像の仕事は向いていないのか?」
「別の道を選んだ方がいいのか?」

でも、答えは意外とシンプルでした。

仕事そのものが嫌になったわけではなかった。
"働き方"が合っていなかっただけだった。

そう気づいたとき、
「自分のペースで、責任を持って仕事がしたい」
という思いがはっきりしました。

独立という選択

うつ病を経験したことが、
直接の独立理由ではありません。

でも、
「無理をしないための環境を自分で作る」
という意識を持てたことは、
間違いなく今につながっています。

  • ・仕事の量
  • ・関わる人
  • ・休むタイミング

すべてを自分で選ぶ。
その覚悟を持って、独立しました。

今、同じように悩んでいる人へ

もし今、

  • 仕事は嫌いじゃないのに、つらい
  • 体や心がついてこない
  • でも「弱いと思われたくない」

そんな気持ちを抱えている人がいたら、
ひとりで抱え込まなくて大丈夫です。

立ち止まることは、
終わりではなく、選び直しだと思っています。

おわりに

この経験があったからこそ、
今の私は
「人の状況を想像しながら仕事をする」
ことを大切にしています。

ライブ配信も、教育も、開発も。
相手の立場を考える仕事だからこそ、
この経験は無駄ではなかったと、今は思えます。

この文章が、
どこかで誰かの心を少し軽くできたら嬉しいです。

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